F1をSONYが後押し? [SONY]
後ろに見えるは古きF1マシン、そしてコースサイドにはなんと「SONY」の文字がありますよ!?
実はコレ、フジテレビNEXTで放送中の「F1グランプリの歴史」の一幕。
CS契約をしていない我が家は普段NEXTは見えませんが、今たまたまお試し期間で見えてるんです。
で、この番組が我が家のブルーレイに引っかかり、しっかり録画されていたので見ることが出来ました(^。^)
今回の放送は1974年シーズンのもの。
タイトルは「最後までもつれたレース」こりゃ楽しそう♪
あ、ちなみに無料試聴なので、画面にはこんなメッセージが出ています。
でも、リモコンのオプションボタンを押してコマンドメニューを出してからそれを解除すると、コマンドメニューが消え、お試しサービスの画面が表示されるまで一瞬タイムラグがあるのです。
その瞬間に撮影すれば、お試しサービスの画面が無い状態で撮ることが出来るのでした。
なので、すべてこの方法で写真を撮っております。
まず、SONYの看板が出ていた「オランダGP」
なんとなくのどかな感じがしますね。
この頃はSONYもヨーロッパのサーキットに看板を出していたんですね。
今はどんな所に看板を出しているんでしょう??
オランダGPスタート!!!
コース上に平気で人がいっぱい居るのに驚きますね。
ピットレーンのガードレールも薄いし、おまけにこちらもピットクルーであふれてます。
この頃ってF1といえどもホントのどかですよね。
なんかどこかの草レースを見ているみたい(^_^;)
ちなみにこんな映像も・・・
スタート後のマシンの後ろにカメラマンが!?
今じゃあり得ない・・・
これなんてピット内なのに平気でたばこを吸ってたりします。
オソロシイ・・・
ガソリンとか平気であるし、おまけにマシンへの給油はデカイ漏斗使ってますし。。。
危険だという認識が無かったのでしょうか?
ちなみに1974年の参加チームはこんな感じ。
今は無きティレル(当時は「たいれる」?)やブラバムが・・・懐かしい。
ちなみにロータスは今年復帰ですね(とは言え「名前だけ」ですが)
当時はマーチやローラも参加してました。
ヘスケス、BRM、シャドウ、サーティーズ・・・シブくて泣けてきます。
この当時から今も参加してるのは、マクラーレンとフェラーリ位ですかね。
当時のF1、タイヤはスリックですが、マシンのレベルが原因なのか路面がバンピーなのが原因なのかよくわかりませんが、結構暴れます。
そんな中スルドイ走がコレ。
狭いモナコをドリフトで駆け抜けるロニー・ピーターソンのロータス72!!
カウンターを当てているのがわかりますね。
攻めの走りでモナコを制したロニー!
残念ながら今はもう居ませんが・・・
これは若き日のニキ・ラウダ。
彼はこの後、1976年のドイツGPでクラッシュし大やけどを負ったのでした。
ゴール手前で止まってしまったマーチのマシンを押してゴールする、ビットリオ・ブランビラ。
赤いペガサスでケン・アカバがこんな風にゴールするシーンありませんでしたっけ?
ではせっかくなので、当時のドライバー・マシンの一部をご紹介しましょう。
マクラーレンのヨッヘン・マス。
当時のドライバーはシーズン中でもちょこちょこ移籍してた様です。
ちなみにマクラーレンは、マルボロカラーとヤードレーカラーを走らせていました。
BRMのクリス・エイモン。
ドライバー左右に見えるのはラジエターへの空気取り入れ口でしょうか?
ちょっといかつい感じですねぇ。
ティレルのジョディ・シェクター。
シェクターはウルフってのが自分のイメージなんですが・・・。
ブラバムのカルロス・ロイテマン。
スポンサー無しの白いマシンで快進撃を続けたブラバムは、去年のブラウンに近い?
ブラバムのカルロス・パーチェ。
彼は翌1975年のブラジルGPで優勝を果たしました。
ヘスケスのジェームス・ハント。
彼はこのチームで実力を示し、1976年にマクラーレンへ移籍するのでした。
ローラのグラハム・ヒル。
もうこの頃には「モナコ・マイスター」と言われた以前の輝きは無くなっていた様ですが・・・
ちなみに彼の息子は、1996年ワールドチャンプになったデイモン・ヒルです。
フェラーリのクレイ・レガツォーネ。
彼は1980年アメリカ西GPでのクラッシュで半身不随となりましたが、NSXのCMで車いすから車に乗り込み走るシーンがありましたよね。
ブラバムのジョン・ワトソン。
この車、上の2台とカラーリングが違うので、サテライトチームなのでしょうか?
ワトソンはチャンピオンにはなれませんでしたが、玄人好みの走りでファンを魅了していたとの事です。
マクラーレンのデニス・ハルム。
生涯マクラーレンドライバーだったハルム(自分の記憶だとフルム?)ですが、この年をもって引退しています。
マルボロカラーのマクラーレンは、JPSカラーのロータスと共にカッコイイですね!
ちなみに当時のマシン、今とは全然違います。
薄いカウルを外すとこんな状態。
ほとんどバスタブに浸かって走っている様な物です。
これじゃクラッシュすればひとたまりもありません。
タイヤ交換はこんな感じ。
今みたいにタイヤ交換をレース中に行う事は基本的に無かったので、このように路面がウエットからドライに変わったりするとタイヤ交換が大変で、この時など40秒もかかっていました。
今年は燃料補給が無くなりタイヤ交換のみとなりますが、その作業は多分4秒くらいで終わっちゃう?
この頃から比べるとタイヤ交換作業は1/10まで短縮されているのでした。
次は今も昔も変わらないサーキットをご紹介。
まずはモナコ。
リバージュの上りストレートは、景色が変わりません。
マシンのインダクションポットが煙突のようですねぇ。
ただ、観客がコースにやたら近いですが(^_^;)
次にモンツァ。
パラボリカに向かうストレートも変わりませんね。
ただ、こちらはマシンが疾走するコース内に消防車と人が居ます。
ホント今じゃとても考えられません。
マシンの性能は今と昔じゃ全然違いますが、ストレートの最高速度はこの当時でもかなりのもの。
それを間近で見ていた当時の人たちは、今以上にF1の迫力を感じてたかもしれませんね。
最後に1974年シーズの結果です。
チャンピオンはマクラーレンのエマーソン・フィッティパルディ。
彼は1980年にF1を引退後、アメリカのCARTでもチャンピオンになりましたね。
そう言えば甥のクリスチャンもF1に行きましたが、あまりいい成績は残せずアメリカに行った様な・・・
って事で、カテゴリーが「SONY」とは思えない内容になってしまいました(笑)
これを見て、タミヤのF1プラモデルをまた作ってみたいなぁなんて思う今日この頃です。
ウオ~、これが・・・「F1GPの歴史」なんですね。NEXT契約しようかな。
自分は、昔、タミヤのヤードレイマクラーレン(12分の1)を作りました。
ドライバーは、マイク・ヘイルウッドだったような。
by ゲルハルト (2010-01-11 20:34)
ゲルハルトさん、コメントありがとうございます。
「うぉぉぉ」と言えば吹雪裕矢」ですかね(^_^;)
NEXTはたまに見たい番組やってるんですが、フレッツテレビにNEXTだけ追加契約すると、月々1670円プラスになっちゃうんですよね・・・
プラモデルですが、自分が作ったF1は1/20のブラバムBT-46でした。
ドライバーはラウダにしたんだったかな?
by しのぴん (2010-01-11 20:50)